「日本は平等な社会」というイメージを持つ人は多いでしょう。ただ、数字を追うと、その姿は少し違って見えてきます。野村総合研究所の推計によれば、日本の世帯の約8割は「マス層」と呼ばれる金融資産3千万円未満の層に属します。一方で、金融資産5億円以上の「超富裕層」の平均資産額は約11億円。一般的な世帯と比較すると、その差は実に71倍に及びます。
この格差によって誰が取り残されるのでしょうか。埼玉大学名誉教授・伊藤修さんの著書、朝日新書『日本経済はなぜ沈下したのか』(https://www.amazon.co.jp/dp/4022953845/)から、一部抜粋してお届けします。
(AERA Books 2026年9月17日の記事を再構成して掲載します)
社会的ミニマムは満たされているか
格差の実情について、保有資産の階層でみることはイメージを得るのに有効だろう。表(5-9)は、金融資産に限られるが、野村総研が推計している世帯ベース純金融資産(資産―負債)の階層である(2025年2月発表分)。
階層は上位から、「超富裕層」(純金融資産5億円以上)、「富裕層」(1億~5億円)、「準富裕層」(5千万~1億円)、「アッパーマス層」(3千万~5千万円)、マス層(3千万円未満)で、マス層が世帯数で8割を占め、これが圧倒的多数の庶民である。
一方、マス層の平均資産額(1607万円)を1とすると、富裕層が14倍(2.2億円)、超富裕層が71倍(11.4億円)となっている。格差はこのようなレベルにある。参考までに総務省『家計調査』の2023年の貯蓄残高(貯蓄保有世帯のみ)は、中央値1107万円、平均値1904万円であった。
また、OECDのIncome Distribution Databaseによれば、①日本の市場所得(当初所得=再分配前)のジニ係数(格差を0から1の間の数値で表す指標で、数値が大きいほど格差が大きい)は、1985年の0.345から2018年は0.501に上昇(格差拡大)し、可処分所得(再分配後)では同じく0.305から0.334と相対的に小幅な上昇である。②国際比較(2018年)では、日本の再分配前ジニ係数0.501はOECD37カ国の平均0.468を上回り12番目の高位、再分配後の0.334は平均0.318を上回り11番目と、いずれも高い(格差が大きい)部類に位置する。
格差と貧困とは異なる。そしてたとえば年収10億円と1億円の人の格差は実際上さほど問題ではなく、社会的ミニマム(人権としての必要最低限)が満たされているかどうかの方が重要であるという考え方(たとえばジョン・ロールズのMax―Minマキシミン原理など)があるし、筆者もそう考える。
そこで、同じくOECD集計で、日本の相対的貧困率(所得中央値の50%である貧困線を下回る人の割合)をみると、①1985年と2018年で、再分配前は12.5%から33.1%へ、再分配後は12.0%から15.4%へと上昇している。②同様の18年の国際比較では、分配前の33.1%はOECD平均27.6%を超えて6番目、分配後の15.4%も平均11.7%を超えて9番目と高い。
これらは、ほぼ周知のことに属するであろう。なお日本の再分配は、税よりも社会保障で行われている面が強い(*大守隆編〈2021〉『日本経済読本〈第22版〉』東洋経済新報社、217―218ページ)。またスティーブン・ヴォーゲル氏(*ヴォーゲル『日経・経済教室』2022年7月27日号)のように、綱渡りから落下した人を救う再分配という「セーフティー・ネット」の整備よりも、事前=再分配前の格差の方が重要であり、そもそも落下時の危険を減らすように綱を低い位置に張ること、そのための教育、職業訓練、研究開発(支援)、スタートアップ支援、出産・育児支援などが必要であるとの指摘もある。これに筆者も同意したい。
なお、先に財政の項で述べたことで、以上の格差とミニマム保障に関する考察に関係するのは、一つは、応能原則―負担能力=経済力に応じて負担する―を基本に、所得税・法人税を中心に据え直す税制再改革が望ましい点である。
もう一つは、分立して大きな不公平を含んでいる社会保障を統合する提案である。たとえば起業を振興しようとするなら、不安の要因である年金(国民年金)や医療(国民健保)を一本化すべきであろう(大きな阻害要因である融資の際の個人保証のリスクも除去しなければならない)。
限界集落、過疎自治体、農業の危機
格差を考える最後に、地域的格差、特に過疎の問題に短くふれておく。将来人口推計によれば、総人口が1年に100万人(小さな県が一つ消失)、10年で1千万人ずつ減少するペースに近づいており、消滅の危機にある「限界集落」や過疎自治体に関して警鐘が鳴らされている。これについて、とりわけ若者に魅力的な働き先や文化面を含む生活環境を地方が提供する方策などがすでに論じられている。
一方で、過疎化のトレンドを前提に、行政サービスなどを効率化するため中心部に集中させる「コンパクトシティー」といった発想もある。これに対して、外部性(市場経済外効果)など他の観点に立てば、過疎地域から撤退させてよいのかとの批判が当然ある。いわゆる里山など、荒れ地化を防ぐ人の手が入ってはじめて国土が維持される側面があるからである。森林の治水機能、水田の貯水機能を欠けば、傾斜地が多く雨が多い日本の地理的特性においては災害の危険を高める。地方社会の地滑り的崩壊も起こりうる。中心部とのネットワークが必要とすれば、交通が重要であり、公共の自動運転車などの活用が試みられるべきであろう。
農業の担い手の維持も深刻な課題である。2024~25年には米不足と暴騰が起きた。米価はここ30年で、1993年、2003年、そして今回と、卸売価格60キロいずれも2万3千円前後への暴騰・不足が起きている。代表的な必需品である米は、値上がりしても需要量が減らず(需要の価格弾力性が低い)、需要曲線が垂直に近い上に、すぐに増産もできない(供給曲線も短期的には垂直に近い)ため、価格の変動が激しくなりやすい。
必需品でマーケットも大きいので、政府が需給に調整介入する仕組みが必要と考えられる。政府在庫(備蓄)をより厚くし、暴騰時に放出、暴落時に買入れ介入して安定化を図るべきである。併せて減反誘導をやめる。農家の所得維持には、生産過剰を招くことを経験済みの生産補助金政策ではなく、所得補償制度を採るのがよい。
(提供:朝日新聞出版)
- 【こちらも】日本人の「労働時間が減った」は本当か
伊藤修(いとう・おさむ)さん略歴
1956年、長野県生まれ。埼玉大学名誉教授、博士(経済学)。東京大学経済学部卒業。神奈川大学教授などをへて、埼玉大学教授。理事兼副学長などを歴任。主な著書に『日本型金融の歴史的構造』(東京大学出版会、エコノミスト賞受賞)、『日本の経済――歴史・現状・論点』(中公新書)、『バブル後の金融危機対応』(有斐閣)など。
朝日新書『日本経済はなぜ沈下したのか』(伊藤修著)
企業の利益は5倍になった。なぜ、日本人は豊かになれなかったのか?
バブル崩壊後35年の全軌跡を、膨大なデータと歴史から総点検。
産業、雇用、企業経営、財政、金融、社会保障。すべてをつなぐと、日本経済を縮ませてきた「同じ構造」が見えてくる。
この国の成長は、どこへ消えたのか? ニュースで聞く日本経済の問題が、この一冊ですべてつながる。
AERA Books
本と言葉を愛する人のために、朝日新聞出版が運営するウェブメディア。紙の本や電子書籍、オーディオブックなど多様な読書体験が広がるなか、幅広いジャンルから「価値ある一冊」との出会いをお届けします。


