2001年に著作権の管理事業の規制が緩和され、新規参入が相次いだ。
Mr.Childrenらの著作権を管理するジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)を率いたのが荒川祐二(61)。
荒川のライバルとなったのが、イーライセンスを創業した三野明洋(80)だ。
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巨象JASRACの武闘派と、それに挑む革命児や異端児たち。1700億円市場に成長した音楽著作権で、25年繰り広げられた攻防を描きます。
いずれも日本音楽著作権協会(JASRAC)という巨象と闘っていた。

2人は対照的だった。
荒川は、闘争心はうちに秘め、丁寧に調整をしながら、業界の常識を覆していく。いわば「冷静なる革命家」だ。
一方、三野は、突破力を武器に、あつれきが生まれても、がむしゃらに前進する。「熱き異端児」だった。
三野はJASRACとの闘いを「やらまいか魂」という著書にまとめた。「やらまいか」とは、静岡県西部、遠州の方言で「やってやろうじゃないか」といった意味だ。
だが、JASRACのシェアは当時、9割を超えていた。新規参入組それぞれが、単独で闘うことには限界があった。

「JASRACという幕府を倒す」
幕末の坂本龍馬のように、ライバルの2人を結びつける仲介役となったのが、大手音楽会社エイベックスにいた阿南雅浩(64)だ。
「薩長同盟をつくって、JASRACという幕府を倒す。そんな思いだった」
阿南はこう振り返る。
ただ、その「薩長同盟」が実現するまでには、10年近い闘いがあった。
発端は06年だった。
三野が率いるイーライセンスは、テレビとラジオで使われる楽曲の著作権管理に参入する。
放送局はJASRACに包括…













