
Aストーリーズ 憲法前文を書いた男 ハッシー
日本国憲法の制定に深く関わった、ハッシーという米国人がいた。前文の起草を担い、平和への理念を託した。残された膨大な資料から足跡をたどり、公布80年のいま、彼が描いた平和のかたちから日本の針路を見つめ直す。
- 【最初から読む】憲法前文を書いた男、日本へヒッチハイク 憲法制定の旅のはじまり
日本国憲法のもとになったGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による新憲法案の作成に深く関わり、平和主義を突き詰めた米海軍中佐ハッシー。いまの世界の混迷に私たちがどう臨むかの手がかりが、彼の構想の中にあります。ハッシーが残した文書の研究を続ける憲法学者、本庄未佳・岩手大学准教授に聞きました。
――ハッシーはどのような文書を残したのですか。
敗戦後の日本を占領したGHQで、米海軍中佐だったアルフレッド・ロドマン・ハッシーは、民主化を進める民政局に配属されました。最高司令官マッカーサーが民政局に新憲法案の作成を命じ、ハッシーはその取りまとめ役の一人となりました。一方で、前文を担当し、日本国憲法の柱の一つとなる、国際協調による平和主義を書き込みました。

ハッシーは1948年まで、GHQで日本の民主化に携わりました。また、日本の主権回復後、1950年代に改憲の動きが出る中、訪米した内閣の憲法調査会に対応するなど、日本との関係は続きました。記録や回顧の文章も多く残しています。膨大な文書があり、まだまだ研究の余地があります。
――文書に注目したきっかけは何ですか。
憲法制定過程の研究で知られる古関彰一・独協大学名誉教授に師事し、日本国憲法の前文に関心を持ちました。前文はGHQ案をほぼ反映しており、その分析にはハッシー文書が欠かせません。読み込むうちに、マッカーサーの当初の指示にあるように、自衛戦争さえ放棄する日本がどう生き抜くかについて、ハッシーが考え、前文に込めた理念が見えてきました。
マッカーサーの指示には、日本は防衛を「いま世界に広まるより高い理想に委ねる」とだけあります。ハッシーはこれをGHQ案の前文で発展させました。日本国民は「安全と生存を維持するため諸国民の公正と信義に信頼」しつつ、「すべての人々が恐怖と欠乏から解放され、平和のうちに生存する権利を持つことを確認する」と表現したのです。

――いまの憲法の前文に書かれている、平和的生存権ですね。
そうです。日本国憲法では、前文と「戦争放棄」を定めた9条が離れているため、わかりにくいのですが、日本が国際協調を率先することで、平和を具体的な人権として実現していくというハッシーの構想が、そこにあります。
自衛のための戦争さえ放棄す…
