「まあ一度、茶でも飲みに来たらどうですか」
そう言われて、私が日本音楽著作権協会(JASRAC)の本部を初めて訪ねたのは2005年。「著作権担当」になったばかりだった。

会ったのは、当時の幹部で、後に理事長となる菅原瑞夫氏(74)だ。
菅原氏は体格ががっしりしていて眼光が鋭い。
いわば「親分」の存在感だ。
私は気おされた。
でも、話はとても面白かった。
JASRACの仕事にとどまらず、著作権法の条文から、文化庁や音楽業界の各種団体のことまで、ときに毒舌も交え、わかりやすく解説してくれた。
「主張しなければ、絵に描いた餅」
言葉の端々から伝わってきたのは、「著作権は主張しなければ、絵に描いた餅に終わる」ということ。
そして、その著作権を守るために、「自分たちは闘ってきた」という自負と誇りだ。
【連載初回はこちら】
巨象JASRACの武闘派と、それに挑む革命児や異端児たち。1700億円市場に成長した音楽著作権で、25年繰り広げられた攻防を描いた連載の最終回は、記者が見たJASRACの素顔を伝えます。
それから約20年。私はJASRACの取材を続けている。
ただ、常に緊張関係はあった。
菅原氏が、公式発表前のネタを報じた私に「犬と赤田は立ち入り禁止だ」と毒づいたこともあった。
私が「犬といっしょですか」と食い下がったかどうかは覚えていない。
織り交ぜた「軟」と「硬」
スナックなどカラオケのある飲食店から徴収する支部職員も取材した。

「支払い拒否の店も通い続けるうちに『悪かったね』と気持ちよく契約してくれることがある。そんなときが何よりうれしい」
ある職員はこう話していた。
ただ、店側が拒み続ければ、JASRACは差し止めや損害賠償の請求など法的措置に踏み切る。
1軒ごとに足を運び説得を繰り返す作業と、厳しい法的措置。
この「軟」と「硬」を織り交ぜた権利行使は、脈々と受け継がれてきた「JASRACのDNA」だ。
AIとの厳しい闘い
近年は、このDNAが米国IT大手などグローバル企業を相手にした交渉に生かされている。
ただ、今後は、AI(人工知能)関連企業との交渉で、厳しい闘いを強いられる可能性もある。

国境がなくなった世界市場で、法的根拠も不透明な中で、どうやって権利主張していくのか。
海外の著作権管理団体との連携も含めて、今後の動きを注視したい。
「風に吹かれて」騒動
もう一つ。著作権の担当記者として気になるのは、著作権を保護しすぎることの負の影響だ。
たとえば、こんな騒動があった。
2017年、京都大学の山極寿一総長(当時)が4月の入学式の式辞で、ボブ・ディラン氏の「風に吹かれて」の歌詞の一部を引用し、ウェブサイトで式辞を掲載した。

すると、JASRACが京大に問い合わせをし、歌詞の著作権使用料が必要になる可能性を伝えた。
私は、JASRACの対応は「常軌を逸している」と思った。
スピーチや講演で、過去の名作の一部を紹介することは、よくある光景だ。
式辞で言及した歌詞の一部をウェブに載せたら、ディラン氏の楽曲の売り上げが減るのか。
むしろ逆だろう。YouTubeなどで曲が再生され、著作権使用料がJASRACを通じて、ディラン氏側に届くはずだ。
JASRCの動きは朝日新聞を含む複数のメディアが報じ、結局、JASRACは、使用料の支払いが不要な「引用」にあたると判断し、徴収しなかった。
萎縮効果は明らか
国内最強の著作権管理団体であるJASRACの影響力は大きい。
「問い合わせ」をしただけでも、萎縮効果が働くのは明らかだ。
だが、そうした負の影響を心配する声はJASRACの中から聞こえてこなかった。
ちなみに、当時の理事長は、連載にも登場した「武闘派」浅石道夫氏(75)である。

浅石氏も支部時代、徴収で修羅場をくぐった。
契約交渉がうまくいかず、自らを責め、「眠れない夜を過ごしたこともあった」と話す。
著作権は不可侵か
浅石氏の持論は「著作権は基本的人権」だ。
たしかにフランス人権宣言が「所有権は神聖かつ不可侵の権利である」とうたった。
だが、芦部信喜氏の著書「憲法 第七版」をひもとくと、財産権は、近代では「不可侵」と理解されていたが、「社会的な拘束を負ったもの」と考えられるようになり、現代では「不可侵性が否定された」とある。
そもそも憲法は財産権の内容を「公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」とする。
法律によって制約を受けるということだ、と芦部氏も解説している。
なかでも、著作権は、「表現の自由」という人権(精神的自由権)とぶつかりかねない。
JASRACが権利主張する際にも、そうした別の「人権」や「公共の福祉」への配慮が必要だろう。
独占が終わって四半世紀
著作権を管理する事業の規制が緩和され、JASRACの独占状態が終わってから四半世紀が過ぎた。
ライバルの新興企業NexToneはシェアでこそ1割ほどだが、原盤の供給など、著作権管理以外の事業にも進出し、業績は好調だ。

両者が、より多くの著作権使用料を集める競争をすることは、作り手側の収益がふえ、新たな楽曲を生み出すインセンティブが高まる効果が期待される。
ただ、過剰な権利主張によって、利用者側が音楽を使わなくなったり、音楽以外も含めた様々なコンテンツの創作や表現の萎縮につながったりしたら、本末転倒だ。
そうした「負の影響」にも留意して、JASRACとNexToneは競い合ってほしい。彼らの仕事に敬意を抱くからこそ、私はそう思っている。
- 【そもそも解説】音楽の著作権管理、JASRACが独占できた理由は
