
勝ったら、人生が変わる。目の前の大一番が持つ意味を、22歳は理解していた。
2026年5月24日、東京競馬場で行われた牝馬(ひんば)3冠の第2戦オークス(GⅠ)。女性初のクラシック参戦を果たした今村聖奈は馬をゲートへ収め、ギュッと手綱を握りしめる。競馬史を塗り替える2400メートルが、始まろうとしていた。
日本中央競馬会(JRA)の騎手として18歳でデビューした4年前、活躍は鮮烈だった。
JRA新人女性の年間最多勝利記録(9勝)を3カ月足らずで塗り替え、初騎乗の重賞で優勝する快挙も果たす。最終的には51勝。男性も含めた新人の勝利数で歴代5位の記録を残した。
- ルーキー時代の今村聖奈 女性騎手の評価を覆した反骨心
しかし、順調な日々は長くは続かなかった。
最初のつまずきは2年目の23年5月、競馬開催中にスマートフォンを不適切に使ったとして、今村ら若手騎手6人が1カ月の騎乗停止処分を受けた。同時期には騎乗予定だった有力馬の出走回避や故障、他騎手への乗り代わりが続いた。
「自分が100%悪い」。悔い改めようと思った。それでも周囲からは「あいつは本当は反省していない」との声が漏れ聞こえてくる。元来は社交的な性格なのに、警戒心から他人との間に壁をつくるようになった。
「やめたい」とたびたび口にするようになったのもその頃だ。2年目で25勝は立派な数字だが、前年から半減していた。

翌24年6月には調教で右肩を脱臼する大けがに見舞われ、復帰に向けてリハビリに励むなか、8月には幼なじみの親友、角田大河騎手が亡くなる不幸も重なった。
年間でわずか6勝。騎乗数は、新人だったシーズンの3分の1にも届かなかった。
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