8歳で死と隣り合わせになった少女は、経験をうまく言葉にできなかった。大人になって自分の気持ちがわかるようになるまで、いつも気にかけてくれる先生がいた。
その夜は満月だった。
いつもより大きくて、赤い。家の前の神社ではパジャマ姿の人々が、パチパチとはぜるたき火に群れている。髪の毛に血がついている人もいた。
「月がこわい」。石本菜央美(なおみ)さんがそう思うようになったのは、その日の早朝、経験したこととつながっている。

1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災。神戸市東灘区の木造住宅2階で寝ていた石本さんは、気づくとうつぶせのまま、起き上がれない。暗がりの中で着物たんすが背中に重くのしかかっていた。
「もう死んじゃうのかな。わたし、かわいそう」。じわじわと胸が押しつぶされていく。「たすけて」。テレビで聞いたようなせりふを、まさか自分が言うなんて。
同じ部屋で寝ていた母の叫び声が聞こえる。どれくらい時間がたっただろう。たんすを持ち上げてくれたのは父だった。
家は半壊になったが、両親と姉、妹は無事だった。東灘区は神戸市の中でも被害が大きく、約1万3600戸が全壊し、1470人が亡くなった。
壁に現れる幻覚 心の底にしまい込んだ
それからしばらくの間、幻覚…















