Smiley face
写真・図版
ジョシュ・ホーキンソン選手

 バスケットボール男子の日本代表として活躍する米国出身のジョシュ・ホーキンソン選手。だじゃれが好きで、試合後のインタビューでは観客席を沸かせることも。でも、来日直後は日本語が全く話せず、家にこもっていた時期もあるそうです。日本語の学習にどう向き合ってきたのか、聞きました。

 ――2017年、米国で大学を卒業した後に来日されました。当時は何か日本へのイメージはありましたか?

 僕はシアトル出身なので、メジャーリーグのイチローさんのファンでした。なので日本には優秀なアスリートが大勢いることは知っていましたが、それ以外はあまり詳しくありませんでした。それでも、トライアウトでBリーグのファイティングイーグルス名古屋が声をかけてくれて、日本に行くことになりました。

写真・図版
バスケットボール日本代表のジョシュ・ホーキンソン選手=2026年8月10日、千葉県柏市、長島一浩撮影

 ――実際に来てみてからの生活はどうでしたか?

 友達も全くいなかったし、日本語も話せなかったし、めっちゃホームシックでした。普通の人は引っ越したらすぐに荷物を開けると思いますが、僕は何もしないで置きっぱなし。練習以外はずっとアパートにいて、ゲームばかりしていました。

 2カ月くらい経った時だと思いますが、父親が心配して日本に来て、「このままじゃダメだ」って言ってくれました。「もっと色々なことをやってみて、日本のことを学ぶんだ」って。それから色々と挑戦してみようと思うようになりました。

 ――その言葉で変わったんですね。

 はい。あとはチームのトレーナーさんと近所の床屋さん。僕が名古屋の2人のお父さんと呼んでいる人たちがいるのですが、その2人に有名なレストランとか、色々と連れて行ってもらって、日本の文化も学びました。

 ――当時、日本語の勉強はどのように取り組んでいたのですか?

 最初はバラバラだったかな…

Share.